自己紹介

鍼灸と子育て

ももこ鍼灸院 院長 挨拶

<ご挨拶>


こんにちは。数ある鍼灸院の中から「ももこ鍼灸院」のホームページをご覧いただきありがとうございます。
当院は、2020年4月6日に開院いたしました。
その翌日、4月7日には日本で初めての緊急事態宣言が発令され、まさに歴史に残るようなタイミングでのスタートとなりました。
その後の3年間はコロナ禍により行動が制限される日々が続きましたが、そんな中でも継続的に足を運んでくださるお客様に支えられ、今日まで歩んでくることができました。心より感謝申し上げます。
これからも、地域のみなさまの健康を支える存在として、鍼灸を通じて少しでもお役に立てるよう努めてまいります。どうぞよろしくお願いいたします。

ももこ鍼灸院 安蒜さやか

自己紹介 あんびるさやか 

小学生、中学生時代の話
<子どもの頃の私>

小学生の頃の私は、とにかくボール遊びが大好きで、サッカーやドッジボール、バスケットボール、バドミントンなど、たくさんの運動を楽しんでいました。

その中でも特に夢中になったのが、小学4年生から始めたミニバスケットボールです。チームは決して強豪ではありませんでしたが、小学6年生の夏、市で1、2番に強いチームに勝てた時の感動は今でも鮮明に覚えています。
試合後、監督にマクドナルドをごちそうしてもらい、あの時の嬉しさは格別でした^^

ボールと一緒に飛び跳ねることが大好きだった、そんな小学生の私です。
<中学生の頃の私>
中学生になると、より激しいスポーツに挑戦したくなり、ハンドボール部に入りました。背は一番低かったのですが、なんとセンターという攻めの先頭のポジションを任され、コートを駆け回っていました。押されたり、転んだり、泥まみれになったり…ハンドボールはとてもハードな競技ですが、そんなめちゃくちゃになって動き回ることも、実はすごく好きでした。

高校生

基本的に勉強はあまり得意ではないのですが、高校でも勉強にそして部活のハンドボールに夢中になりました。チーム戦はやっぱり青春で楽しいですよね!
ここでもセンターというポジションでプレイさせていただきました。


ハンドボール部は基本外の競技になりますので、ここでたくさんの紫外線を浴びていたのを思い出し今の悩ましいシミはここが大元と思っています。
当時はやっていた顔黒のメイクは意識的にしていなかったのですが、なぜか似てしまうくらい全身真っ黒になっていました。
一番楽しかった時期ですね。

社会人になると

一番初めに社会人で働き始めたのは、東京のあるスポーツトレーナー会社です。
社会人チームの体サポートとして帯同したり、高校生のトレーナーとして試合について行ったりしました。
とてもいい経験をさせていただいたのを思い出します。
その後は
骨盤矯正の整体院、整骨院でパートとして働きました。


妊娠、出産、産後の経験

【妊娠中の経験】

東京の骨盤整体院で働いていた頃、初めての妊娠がわかりました。当時は千葉の松戸から池袋まで、片道約1時間半かけて通勤していました。妊娠がわかるとすぐにつわりが始まり、通勤が本当に大変に…。
電車やバスの匂いがダメで、気持ち悪くなり、職場にたどり着くまでに何度も途中下車して休みながら向かっていました。毎日、バスと電車に揺られるのがとても辛く、あの時の大変さは今でもはっきり覚えています。



妊娠中の体験つわりが落ち着くと、通常通りに働けるようになりました。
ただ周りからはとても心配され、
「しゃがまない方がいいよ」
「前かがみはやめておいた方がいいよ」
と声をかけられることが増え、仕事でできることはかなり限定されていました。
初めての妊娠で、何が本当に体に負担になるのか分からず、ただ言われるままに従う日々。自転車に乗るのもやめ、動きも制限するようにしていました。
妊婦ってどうなっているんだろう?

と思うのですが、本人は日常はほとんど変わらないので普通に過ごしていたと思います。

【切迫早産の経験】

妊娠中の7月に結婚式を挙げ、その後は旅行にも行きました。
8月はその分を取り戻すために週6日勤務。夜22時過ぎに帰宅することもあり、今振り返ると妊婦なのに、本当に無謀な生活をしていたと思います。
帰宅すると、まるで山登りを一日した後のような、全身の強い疲労感に襲われていました。
そんなある日、夕方から激しい腹痛が起こり、職場の友人に送ってもらってどうにか帰宅しました。その後の診察で「子宮頸管が短くなっている切迫早産」と診断されました。



絶対安静と言われ、これまたどのくらい安静にすればいいのかわからない状況。そのため職場には育児休業を早めに取らせていただきました。
普通の人でも疲れてしまうような働き方をしていたのだから妊婦とっては本当大変だったと思います。でもその時はわからないんですよね。

絶対安静と言われていても次の里帰りの病院では。

手術しないと!!!と言われるほど、大変やばい状態になっていたようです。
院長紹介は

まだまだ続きます。
少々お待ちください。